噛み合わせは、最初ざっくり決める
口の中全体を見越して行う歯の治療は、人の顔を描くことに似ています。まず大まかに輪郭と、目、鼻、口の位置を決めて描いていけばバランスが取れますが、いきなり片方の目だけを用紙に丁寧に描き始めては、全体のバランスが悪くなってしまいます。
入れ歯の噛み合わせはこの場合、顔の輪郭に当たる部分です。用紙に対してどの程度のバランスを保って描くのかがとても重要なように、入れ歯は、噛んだ時、口を開けた時、目、鼻、口元のバランスを考えて、噛み合わせをざっくり決めておかなければ、最終的におかしな完成形になるでしょう。
もちろん、だいたい合っていれば、多少の修正ができるように遊びの部分を作っておくことも必要です。きっちり決めることはありません。絵もそうですが、わずかに修正できる余地を残しておくことがこの時点では重要です。それは、後日、入れ歯に慣れてくると、笑った時や緊張がほぐれた時のバランスが変わってくるので、もっと良い状態に修正をしないといけないからです。
余談ですが、歯の治療を1本ずつ行ったために、歯並びがおかしくなっている人はいませんか?例えば5本の歯を治療するなら、まずこの5本分の歯をすべて仮歯にし、全体のバランスを考えて完成品を作る方が合理的だと思いませんか?5本とも仮歯なら、全体を見極めて修正を加えながら調整できるという大きなメリットがあります。そして全体のバランスが整った時、はじめて完成品を作ればよいのです。
1本の治療が終わったら次の1本の治療に取り掛かるというやり方は、それこそまず鼻だけを描いて、描き終わったら目を描いて…という描き方と同じです。すべて治療が終わってから「あれ?なんかバランスがおかしいけれど、この時点ではもうやり直せないから、仕方がないや」という感じになってしまうかもしれません。
最初にざっくりと噛み合わせを決めることで、口を開けた時、噛んだ時の顔の輪郭がきれいに整い、歯の修復治療をすませた後の見た目の予測などを大まかに知ることができます。それにより、今後の歯の治療も含めた治療の全体像がぼんやり見えてきます。
患者さんも見た目の回復ができただけでも、若さと、健康な自分を再認識して、積極的に元気を取り戻すことができます。女性は、この見た目に関する項目はとても重要で、私も工夫を凝らしているところです。
「針金や金属の見えない、自分の歯のように見える入れ歯」…これはもはや、私のなかでは当たり前、スタンダードだと思っています。見た目が良くなければ、自由診療の価値は半減すると言ってもよいくらいです。入れ歯とわからないものを入れることで、「外出できるようになった」と言う方もいるくらいですので、見た目は女性の方にとっては特に重要視されるところです。
一方、男性は噛めれば見た目は気にしないとおっしゃる人が多いのですが、「最近は、こういった入れ歯だとわからないものの方が、対人受けも良いですよ」とすすめて、見た目をきれいに作ると、喜ぶ方が意外に多いのにも正直びっくりしています。男性の深層心理も、本当は女性と同じなのかもしれません。
話が脱線しましたが、とにもかくにも、まず噛み合わせを決めてください。そのための入れ歯を入れましょう。そしてその位置できちんと噛めるのかを確認します。噛めなければ、徐々に変えていき、見た目のバランスがくずれないように、噛める位置と見た目のバランスの両方に都合のよいところを決めていくのです。
人は通常、噛みやすい位置で噛んでいます。右側で噛んでも、左側で噛んでも、両側を使って噛んでも構いません。噛みやすい位置で噛むことがおいしくものが食べられる秘訣です。
また、歯科医院で1回だけで決めた噛み合わせが、絶対に正しいとは思わないようにしてください。むしろ、医院内では患者さんは緊張していますので、1回で正しい噛み合わせが決まることがまれだと思っていただいていいかもしれません。しばらく慣らしたあとで、調整しないと、ここぞという位置がわかりません。
私は少なくとも、寝ている体勢での噛み合わせの位置と、起きている体勢での位置、両方で確認するようにしています。噛み合わせは、決してものを食べている時にだけ重要なのではありません。寝ている時、右を下にして寝るとき、左を下にして寝る時、立っている時、座っている時、階段を上る時、運動をしている人はその最も力の入る姿勢の時など、あらゆる状態で噛み合わせは関係してきます。
自然な歯の噛み合わせもそうやって、何年という時間をかけて位置が決まっていきます。また時間をかけて変化していきます。歯科医院の椅子に座って、たかだか30分程度でその位置が決まると思ったら大間違いで、歯科医院ではスタート地点を決めるだけなのです。
仮のスタート地点ということで、私はその位置を「スタートバイト(初めの噛み合わせ)」と呼んでいます。これは「だいたいこの辺りかな」くらいで構いません。
その後時間をかけて、あなたの噛み合わせにふさわしい位置を探してください。そして、ここという位置が決まれば、それに合うように虫歯や歯周病の治療を考えます。歯の治療は入れ歯に慣れてからでよいというのは、こういう理由があるからです。
「入れ歯治療の新発想」
第1章 「逆転の発想」から考える入れ歯治療
第2章 新発想の「試せる入れ歯」
第3章 日本人に合った理想の入れ歯とは
噛みやすく、薄く、軽い 新開発の金属製入れ歯「ディアレスト」
第4章 入れ歯作りの真髄 私の入れ歯作りに対する取り組み
第5章 患者さんの本音に答えます
Q.自由診療は、保険診療と違って、なぜこんなに費用が高いの?