隠れ虫歯
患者さんから「この前テレビで見たのですが、○○○って言ってましたけれどそれは本当ですか?」という質問を受けます。
テレビの力が一般の人に与える影響は大きいです。
新しいことはできるだけ放送していただきたいのですが、時にはそれが患者さんに大きな誤解を与えて、歯科医療に過剰な期待を持ってしまうことがあります。
そこでかなり前の放送になりますが、今回は平成20年8月27日放送の「NHKためしてガッテン 常識逆転!自宅で虫歯を治す法」を見て、あえて反論を述べてみましょう。初めにお断りしておきますが、NHK批判ではないので、そのように読み進んでください。
NHKは最近の歯科関連の番組の中では大変良く調べておられると思います。とくに近年ではニセ科学などで叩かれることも多いですから、かなり慎重に作られたことでしょう。
その中で「隠れ虫歯」に関するトピックがあり、それは私も大いに賛成するところです。
簡単に言うと、虫歯は歯の表面から起こるのではなく、中(エナメル質の内側)で進行するというものです。
放送の中での進行のメカニズムにはまだ議論の余地があるところですが、一般の患者さんに説明するにはとても分かり易いと思いました。
しかし、今回私が反論したいのは、唾液の作用で歯を再石灰化するというものです。
それは例えるなら、歯石が付いて歯が大きくなったように見えたものを、歯が再生したというが如しです。私は唾液の再石灰化作用で虫歯は治らないと思っています。
その理由は…皆さんちょっとすみませんが、化学にお付き合い下さい。
歯のエナメル質は96%以上がヒドロキシアパタイトの結晶で出来ています。ヒドロキシアパタイトの構造はCa5(PO4)3(OH)です。化学式の通り、一つのヒドロキシアパタイトはカルシウム(Ca)原子を5個しか持てません。
当然虫歯で壊されたエナメル質はカルシウムばかりではなく、(PO4)3(OH)こちら側も崩壊しています。一体どうやって後半部分のヒドロキシアパタイトを合成するのでしょうか?
この説明で分かりにくかった人は次のような状態を想像してください。
台風で家が壊れました。そこに木材を無造作に運んで積んでおきました。遠くから見たら、なんとなく家が復元したかのようにみえました。これを家が建て替えられたと言うかどうかです。
人の目や特殊光を当てた位のレベルで判別する虫歯ではおそらく皆さんが期待するほどの再石灰化が口の中では起こらないでしょう。
テレビの実験の中では再石灰化したように見えますが、別の理由がいくらでも付きますし(例えば唾液は蛋白成分、カルシウム以外のミネラル成分も忘れてはいけません)、もし本当にカルシウムが再石灰化に直接関与したのであれば、私が思いつくだけでも、もっと簡単な実験でそれを証明することができます。覚えておいて下さい。
「虫歯が治らないのはエナメル質には細胞が無いからです。家を建てることで言えば、大工さんがいないのです。大工さんがいないのにどうやって材木だけで家が建つのでしょうか。エナメル質は一度完成したら生涯壊れていくだけなのです。このような組織は体の他のどの部分にもありません」
予防方法はとにかく生えてきたら大切に使う。これだけです。
分子生物学がこの十数年の間に各分野の研究者の間に浸透してきました。
これが全てとは言いませんが、理学部の専門分野の人と話すと、「骨にカルシウムを注射すると骨ができた。と言うくらい滑稽だね。」と言われています。
歯科ではいまだに今回のような理屈に合わない結論を出していて、それに対して突っ込みを入れない論文がいくらでもあるようで、困ったものだと思います。
知って得する!入れ歯の話